単発求人の労働者たちについて書いた本に思うこと

私自身も単発のアルバイトや派遣を経験してきた者として、気になる本を見つけました。その本のタイトルは『日給6000円の仕事の現場 今日から日雇い労働者になった』。

 

日給6000円の仕事の現場 今日から日雇い労働者になった

 

ライターである著者が1万円を手にして、一か月間、ネカフェやドヤ(宿の逆さ言葉)、安い旅館に泊まりながら、日雇い労働を続けた体験記を綴る内容になっています。

 

ちなみに、ここで言う“日雇い労働”は、一般的な人が思い浮かべる、いわゆる“日雇い派遣”や“日雇いアルバイト”とは違います。

 

日雇い労働は日雇い派遣と同じく、仲介業者から仕事を紹介してもらうのですが、仲介業者との雇用関係はありません。本当に仕事を紹介してもらうだけの関係なのです。当然、職歴には書けません。現在の言葉で言うなら“日々紹介”でしょうか。

 

ネカフェ暮らしなどは分かりませんが、本書の日々紹介の体験記には私自身の経験と同じような実態が書かれていました。著者が繰り返し述べていることで特に強く印象が残ったフレーズがあります。

 

「日雇い労働者になると他人との交流が絶たれる」

 

まさにその通りです。私が体験した現場で言えば、基本的に労働者同士の交流などはほとんど絶たれます。特に肉体労働の現場になると、その傾向が強いです。誰とも会話せず、仕事中も命令だけを聞き、たんたんとこなすだけの機械になります。そして帰宅し、飯を食べ、寝る、ただそれだけの生活です。

 

もちろん、そうでない現場もたくさんあります。主に学生が働いている現場です。イベント、キャンペーン、営業、サンプリング、受付etc……。こういったバイトでは、確かにメンバー同士の会話も弾みます。私も含め、みんな若いからです。夢があるからです。

 

でも、そんな現場には一部の若い人間しか入ることができません。30を超えた人間はまず見かけません。

 

一方、誰もが入れる什器の搬入出、清掃、倉庫整理、イベントの設営・撤去、交通量調査etc……といった現場では、みんな目が死んでいます。著者が言うように、動きが機敏な人もほとんどいません。当然ですが、他人と話そうとする人もほとんどいません。

 

すると、自然と他人との交流が無くなります。日雇い労働者の中には、こちらから話しかけると、突然饒舌になって話をしてくれたり、人生を語り出す人もいます。誰かと話したくてたまらない人もいるのかもしれません。

 

でも、そんな人でも「あなたはこれまでどんな仕事をしてきたのですか?」と聞くと、突然口を閉ざします。日雇い労働者の間で“身の上話”ほど避けるべき話題はありません。

 

身の上を話さなければ、ある程度以上仲良くなることはありません。私の場合、日雇い労働の現場で出会った人と仕事場以外で話したことは一度もありません。

 

日雇い労働者になって「コミュニケーション能力がなくなる気がした」と著者は述べていますが、私もその感覚を感じたことがあります。冗談みたいな話に聞こえるかもしれませんが、自分が物言わぬロボットになっていくのをリアルに実感してしまいます。

 

低賃金、毎日仕事があるわけではない状態、日雇い労働者の高齢化etc……。色々と問題はありますが、私が一番危機感を感じたのは、こうした状況を続けているとそれに慣れてしまうことです。

 

最初は普通の見た目で現場に行って、そこで仕事用の服に着替えていた私も、それを数回続けたあたりで、自宅を出る時点から汚れても良い格好をするようになりました。最初は他人の目を気にしていたのに、段々と気にしなくなっていったのです。

 

慣れとは恐ろしいもので、見た目に対する意識だけでなく金銭感覚や対人関係に対する意識まで変わっていきます。お金に対して意地汚くなった部分もでてきました。社会に対する諦めも感じました。きっと、一年前の私からすれば今の私のような在り方は許せないことでしょう。

 

でも私の場合、意識が変わっただけですからまだいいのかもしれません。それに、お金が無くなったことで、人の優しさの貴さを実感できるようになった部分もあります。これは本当にありがたいことです。ですが、本書の中に出てくる人たちは、今日を生きることにすら危機感を覚えるような日雇い労働者たちです。

 

そして冒頭でも述べたように、日雇い派遣が禁止になった今でも、この本で言うところの日雇い労働は“日々紹介”と名を変えて続けられています。これは現在進行形の問題なのです。いえ、むしろ日雇い派遣が禁止になった今、著者が体験した4年前より現状はもっとひどくなったと言ってもいいでしょう。仕事をする場がほとんど無くなってしまったのです。

 

著者の言うとおり、「ワーキングプアから仕事を取れば、ただのプア」でしかありません。著者の言うところでは“ここが最底辺”だったはずが、さらにその在り方はひどいものになっています。

 

この本を読んで自分の体験を振り返っている時、ふと「仕事なんて選ばなければいくらでもある」という言葉を思いだし、「ああ、あの人たちの頭の中には“彼ら”は存在しないのだろうな」と感じました。私には、日雇いの現場で出会った彼らに対し、「選ばなければ仕事はある」とは他人事でも言えそうにありません。

 

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