最近、改めて都会から田舎へ移り住むということがクローズアップされていますね。以前はあくまで個人の流れでしかなかったのが、最近では政府主導で都会から田舎への移住者を増やそうという働きがあるようです。
つい先日もこんなニュースが話題になりました。
地方創生の具体策:都会のサラリーマンは果たして地方移住を希望するのか?
要約すれば、都会のプロ人材を田舎の中小企業へ送り込み、田舎の優良企業を活躍させ、ゆくゆくは海外展開なども含めて支援していく流れがでてきているという話です。
ただ、実情はなかなかそのプロ人材の移住が進んでおらず、その原因は受け入れ企業側の「元来の企業風土へのこだわり」とプロ人材の「大企業への執着」であるとされています。
さて、ここではプロ人材の問題だけが取り上げられていますが、別にこうした問題は特別最近になって言われ出したことではありません。昔から、都会から田舎に働きに行く際に気を付けることとして必ず言われてきたことです。
「都会と同じ考え方では田舎では通用しない」と。
この点について、面白い視点で語っている本があります。『田舎で起業!』という本です。
この本はよくある「田舎への移住の成功事例を見て、上手く田舎でビジネスを立ち上げよう!」というだけの本ではなく、田舎での起業の失敗事例もふんだんに載せて紹介している本です。
この中で、失敗事例を踏まえた「田舎起業に必要な5つのコツ」とやらが上げられているのですが、このコツの中に2つほど面白いなと思うものがありましたので、一部だけ引用させていただきます。まずは一つめ。
①地域のことをよく知る
(前略)事業構想を地元の人に示して、もし反対されたら、その理由を聞きだすことも大切だ。気が付かなかった問題点・情報が出てくるはずだ。仮にそれが勘違いや長年の非合理な慣習にすぎなくても、地元感情をしることはマイナスではない
まず、都会から来た人は話しあいをしなければなりません。
当然ですが、これまでのコミュニティや文化がある場所に新たな流れを持ち込むのですから、反対があるのは当然です。文化自体に意味はないかもしれません。でも、それを続けてきた人間にとっては、続けてきたということがすでに大きな意味を持っています。
これは田舎特有のものというよりは、たとえ都会であっても地域のサークルなど人間の流動性の低い場所にはよく見られる現象です。
先ほどのYahooニュースの事例は、田舎の企業が都会から人材を受け入れるという話だったので、社長側が受け入れ体制を整える必要があるという話でしたが、それでもやはり提案をした人間が話し合いに参加することは必要でしょう。
田舎に住んでから都会に来た私としては、この感覚がかなり重要なことだと思うのですが、なかなかこの辺りの感覚については触れられることがないので、いつも首をかしげていました。
そして、もう一つ面白いなと思った点があります。
④人づき合いの流儀を知る
(前略)田舎で求められる人づきあいは、時として過剰になりがちだ。何も誘われるつきあいは全部参加しなくてはならないわけではない・無理なもの、イヤなものは断ればよい。ただ、しこりを残さない断り方や、するりとかわす“身のこなし”を持ってほしい。
田舎では、人付き合いが大切です。事業の成否を決めるのも、いかに人付き合いを上手くこなせるかというところにかかってくると言っても過言ではないでしょう。
ただ、そうした面を一面から捉えて、田舎は誘いを断れないし、しがらみが多くてメンドクサイと言われることもあります。
そうではなく、断るなら上手く人間関係を崩さない断り方をすればいいだけなのです。これはお願いや交渉をするときにも、同じことが言えます。
都会のカフェなどでドリンクを飲んでいると、オーナーに対して営業時間中に営業している営業マンを見かけます。ただ、ほとんどの営業マンはそもそもお店に一度も顔を出さず、電話のみで営業をかけるか、それともお店に顔を出したのに一杯もドリンクを飲まずに名刺だけ渡して帰ってしまうのです。これには驚きました。
これが普通の営業かは分かりません。でも、やはり田舎とは大きな違いを感じたのも確かです。私の実家は小売店で、父は営業マンだったので、仕事のお付き合いには私もよく参加していました。
話をするときには些細な用事でも顔を見せる、相手がお店をしていたら商品を1つでも買っていく、この場で断られても今後も商品を買いにお店を訪れるぐらいのことは平気でやっています。
別に、どちらが良いか悪いかという話ではありません。ただ、こうしたことを教えこまずに、田舎にプロ人材を送り込むような流れができたとして、本当にその人たちは田舎に定着できるのだろうかと不安に思うばかりのニュースでした。
もちろん、もし田舎の企業がそういった都会からの人材を受け入れるのであれば、そうした考え方の差異があることは承知の上で引き受けなければならないという覚悟も必要なのでしょうけどね。