『二郎は鮨の夢を見る』を見て
最近、とあるドキュメンタリー映画を見ていて強く心を打たれました。それが『二郎は鮨の夢を見る』です。
米国で250万ドル以上の興行収入を出したこのドキュメンタリーは寿司屋「二郎」の職人さんの姿勢について映した映画です。
この映画を見て特に好きだった言葉があります。
それが二郎さんがとあるシーンでぼそっと言った言葉。
(自分の店に納品しているお米屋さんに対して)米は詳しい。普通のお米屋さんと、ちょっと違う。そら色んなことをよく知ってますよ、もう。だから安心して頼めるんですけどね。何も知らないのだと詐欺になっちゃうから。
他にも“名言っぽい”セリフはたくさんありましたが、個人的にはこの最後のセリフに一番強く感銘を受けました。
「(専門家が)何もしらないのだと詐欺になっちゃうから」
もちろん、実際にはそんなことはないのですが、少なくとも職人の心構えとして、おそらくふと出た言葉だったであろうだけに、余計に強い衝撃を受けたのです。
現実問題として、専門家が専門分野について知らないことはたくさんあります。それでも自分の限られた知識の中で業務をこなしていくことが社会的責任であり、仕事かもしれません。
だからこそ、「専門家が専門分野について知っていることが当たり前」なんて夢見がちの言葉だと言われるでしょう。
ただ、そんな言葉を私のような者が言ったわけではなく、87歳のずっと働き続けてきた職人さんが言ったわけです。これは痛く私の胸に染みました。少なくとも、その姿勢は美しく、見習いたいと強く感じさせてくれるものでした。
もう1つ感じたことがあります。それは職人がお金をもらうということについてです。
私はこのドキュメンタリーを見て、他の人はどんな感想を抱いたのだろうと気になり、Amazonのレビューを覗いてみました。
すると、こんなことが書かれていました。
(二郎の寿司は最低3万円からだという内容に対して)これだけでは3万円の価値がどこから発生しているのかさっぱりわからない。原価ぎりぎりでその分、お客さんには最高の食のサービスを提供している、と言うのなら本当に感心するが、息子は高級車乗り回しているようだからそんなことでもなさそうだし。
(中略)幼い頃は貧乏したので、少しでもお安いお値段でいいものをご提供することにおつとめしているんです、という職人のドキュメンタリーだったら本当に感動するだろう。
私の意見はこの方のものとは全く異なります。
私の意見は「なぜ優れた職人が原価(お金)のことなんかで悩まなければいけないのか」というものです。
以前から、特に尊敬する大学の教授たちを見ていた時にも考えていたことがありました。「なぜこんなにすごい人が給料の事なんかで悩んでいるんだろう」と。
そんなことにリソースを割く余裕があったらもっと本職のことを考える時間が増やせた方がいいのではないか、と。
高級料理店の食事の代金を占める大半は「技術料」だと言う方がいらっしゃいます。私もこれには同意します。
ただ、技術料というのはこれまで身につけてきたものだけではなく、これから身につけるものにも発生するのだと思うのです。
まだまだ最高の技術を身につけようとしている天才に対して、もっと上を、もっと高みを目指してもらうためのお金でもあると思うのです。
もちろん“最高の味”を求める能力がない一般人は、お金に頭を悩ませる必要がありますし、そうでなければ天才と戦うこともできません。ただ、天才が凡人と同じ土俵で相撲を取る必要は無いと思うのです。
そういった意味で、原価ギリギリの値段で“それなりに”美味い寿司を出す事こそが“最高”だとか“偉い”という評価につながるとは私は思えません。
むしろ、接客の態度も良いとは言えず、他につまみなどもなく、鮨だけしか出さないお店で3万円以上の価値を生み出す味を出せる人がいることに強く感動しました。
食(職)とは、極めればそれ1つだけでも人を感動させられるのだ、と。
まぁ、価値観は人それぞれなので、上に挙げたレビューを書かれた人を否定するつもりはありません。あくまで私のごく個人的な意見です。
とりとめのない感想になってしまいましたが、久しぶりに色々な気持ちの湧き上がってくる良い映画だったと思います。
ちなみに、DVDは3000円近くしますが、PC上で閲覧するインスタントビデオだと300円で視聴できますので、現物は別にいらないということであれば、インスタントビデオの視聴をお勧めします。