文系分野の大学・大学院で再編成がおこなわれるということで、大学教員だけではなく様々なところで「文系は大学に必要か?」という議論が盛んにおこなわれるようになりました。
これは恩師が出していた例ですが、「君たちはAというお茶が売れたとき、その理由はどこにあると考える?」という質問を出されたことがあります。
学問というのはAのお茶が売れる理由について工学的に、生物学的に、経済学的に、社会学的に考えるためのフレームワークを提供するものなのだと。そのため、そこに優劣はなく考え方の違いがあるだけなのだと。
もちろん、技術として、あるいは考え方として直接産業に結び付きやすい分野とそうでない分野があることは間違いありません。ですので、産業に近い分野を伸ばしたいという政治的な理由も分からなくはありません。
ですが、そのうえで私はやはり学問の分野の違い、そして意義とは本来その考え方にあるのではないかと思います。そして、各分野の知識そのものよりはそういった学問のフレームワークを身につけることこそに分野がわかれている意義があるのではないかと考えています。
実証的な立場からの示唆
まあ、これはあくまで恩師から教わった教えや、私の考えをもとに私見を述べただけのものですが、こういった個人的な意見とは別に、文系や理系にかかわらず大学に進学して学問を身につける効果について調査を行った研究があります。
高等教育の効果についての研究の第一人者である濱中先生の『「大学教育の効用」再考 : 文系領域における学び習慣仮説の検証』という論文です。
この論文では、大学時代の学習経験が現在の所得に与える影響について工学と経済学分野に分けて調査・分析を行っています。
詳細な研究結果はもとの論文を見てもらうとして、概要としては「工学・経済学の分野にかかわらず、大学卒業時の知識量が現在の知識量に影響を与え、間接的に所得を増やす結果となっている」とされています。
※あくまで調査研究なので"所得を増やす"という表現は正確ではありませんが、どうしても分かりやすい表現が思いつかなかったのでご了承ください。何か訂正案があれば修正します
つまり、大学で学んだ専門知識自体よりは、そうした専門知識を学ぶ際に大学で身に着けた学習習慣や学習への姿勢がその後の学習経験や知識などに影響を与え、結果として所得が増えるというのです。
あくまで所得という限定された指標に与える影響ですが、分野にかかわらず大学で各々の専門分野を学ぶ共通の意義について説明されているのはとても面白いと思います。
文系理系にかかわらず、今の学生に伝えたいこと
今回、私が主張したいのは「だから文系分野の再編/縮小なんてやめるべきだ!」といった政治的、社会的な意見ではありません。
どちらかというと、「そういった話が世間ではいろいろと言われているけれど、学生自身はそういった意見に左右されず専門分野を学ぶことに意識を向けてほしい」という啓発的な思いで今回の記事を書いてみました。
私の恩師が教えてくれたように、学問の違いはただフレームワークの違いでしかなく、学問を学ぶことによってその分野特有のオリジナリティのある問題分析・解決ができるようになるのかもしれません。
あるいは調査研究が指摘するように、学問の知識自体が問題ではなく、学問を学ぶ上で身に着けた学習態度が重要なのかもしれません。もっとほかに何か潜在的な要因が隠れている可能性もあります。
ですが、いずれにせよ重要なことは「本気で学問を学ぶ姿勢を持たなければ、その意義や恩恵すら受けられない」ということです。フレームワークを獲得するにせよ、学習習慣を身に着けるにせよ、まずやってみなければ身に着けられないものです。
社会的にはいろいろなことが言われるかもしれません。ただ、少なくとも今現在学べる環境のただ中にいる学生には、そういった社会的なことは置いておいて一度真剣に学問というものに取り組んでみてほしいなあと思う今日この頃なのでした。
読書案内
ちなみに、濱中先生の本はこうした文系の意義や、高等教育の在り方について考える上でとても重要な示唆を残したものが多く、この問題について考えたい方にはぜひ一読をおすすめしたいものばかりです。
たとえば以下の本では、「社会の側の大学院を見る目は妥当なのか」というテーマをたてて、文系の大学院生はなぜ就活の際に評価されないのかなどについて調査研究を行っています。
他にも、以下の本では大学に進学することによってどのような恩恵が受けられるのか、どのような効果があるのかなどについてデータをもとに論考されています。あるデータでは、高卒は他者からの影響によって所得が変わるのに対し、大卒は自己学習によって所得が変わるのだとか。
このように、面白いデータや論考が多く載っている本です。
内容も読みやすい部類の本だと思うので、こういった分野に興味のある方はぜひ一度目を通してみてはいかがでしょうか。